広島地方裁判所 昭和42年(わ)423号 判決
判決理由〔抄録〕
(罪となるべき事実)
被告人は、自動車運転者であるが、昭和四二年五月一四日午后二時一〇分ごろ、普通貨物自動車(広六さ五五八号、三輪ダンプ)を運転し賀茂郡黒瀬町大字兼広二三一番地附近の県道を時速約五〇キロメートルで西進中、前方約五〇メートルのバス停留所北側にある田村暁方前軒下附近に数人の大人や子供がいるのを、発見したのであるが、同所附近は人家が点在する非市街地であり、また該道路は幅員五メートルの歩車道の区別もなく横断歩道もないアスファルト舗装の狭隘で交通量の少ない道路であったのであるから、このような場合自動車運転者としては、警音器を吹鳴し警告を与えるのは勿論、同人等が警音器に気付き自車の進行に注意を払っているかどうに留意し、もしこれに気付いた様子がないときは適宜減速徐行のうえ進行しもって事故の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務があるのに、これを怠り約二五メートルに接近した際、アクセルペタルより足を離して時速を約四〇キロメートルに減速したのみで、警音器を吹鳴し、かつブレーキペタルに足をかけて同人らの動静に注意しながら適宜減速して進行しようとはせず、その後約一〇メートルに接近したときに警音器を一回軽く鳴したのみで漫然同所を通過しようとした過失により、折柄上川確(当三年)が母親の陰から道路を横断しようとして右から左へ走り出たのを約五五メートル右前方にはじめて発見した時には、時すでに遅く直ちにハンドルを左に切り急制動措置を講じようとしたが及ばず、制動効果が生ずる以前に自車の右後輪を同人に接触転倒させ、よって同人に対し頭蓋骨々折等を与え同日午后三時一五分ごろ同町大字乃美尾一六九二番地谷医院において右傷害に基づく頭蓋内出血により同人を死亡するに至らしめたものである。
(弁護人の主張に対する判断)
弁護人は、本件公訴事実につき、被告人は事故前数回にわたり警音器を吹鳴しており、それによって被告人の業務上の注意義務はつきており、それ以上に減速徐行の義務は存しないとして無罪の主張をしている。たしかに被告人は、事故前に判示の吹鳴の外、事故現場の約五〇メートル手前において警音器を吹鳴していることが前掲証拠によって認定しうる。しかしながら、その吹鳴が被害者やその親達に覚知されたことは(同人らは知覚しなかったと述べている)被告人自身においても認識しえていないところであり、したがってこれを以て注意義務をつくしたとは云い得ない。また判示の吹鳴について考えるに、本件事故現場の附近および道路の状況が判示のとおりである以上、そうしたところで自動車を走行させる運転者は、そうした田舎道における歩行者というものが、道路も整備され、交通量も多い市街地の歩行者に比べ、自動車交通に対する危険感や緊張感も少く、その危険に対処することにも習熟していないため、自動車を無視した行動や狼狽のための予測外の行動に出がちであることを考慮に入れて運転すべき注意義務があるというべきであるから、判示のごとく、警音器吹鳴のほかに歩行者の動向に応じた減速徐行の義務も生ずるものと解すべきであり、したがって、判示のごとき警音器吹鳴をしたとしてもそれだけでは注意義務をつくしたとはとうてい云い得ない。交通量の比較的少い田舎道においては、かかる場合の徐行義務を課しても、高速度交通機関としての自動車の機能を何ら阻害することにはならないものと考えられる。
ところで本件において、被告人が右のごとき歩行者の動行に応じた(動行に対する注視義務すら充分つくしていたとは認めがたい)減速徐行義務をつくしたことは認められないところであり(時速五〇キロメートルを四〇キロメートルに落しただけでは明らかに本件では不充分である)、したがって弁護人の主張は理由がない。